ブルーレイ・レコーダーのニーズが減っているというけれど

ブルーレイ・レコーダーはなぜ終売するのか。ディスクメディアの30年に見る必然」という記事を読みました。REGZAソニーがブルーレイ・レコーダーの出荷をやめ、国内大手家電メーカーで販売を継続しているのはパナソニックだけになったという内容です。

相次ぐブルーレイ・レコーダーの終売の理由は、日本独特の録画文化に支えられきたディスク・メディアへの記録ニーズが急速に減少しているからである、というのが記事に書かれた分析です。

なるほどなぁ、と思うところがあるものの、昨年、ソニーのブルーレイ・レコーダーを買ったばかりの我が家の事情を考えると違和感のある話でした。

我が家はVHSビデオデッキが引退してからしばらく、録画機器って無かったんですよね。これは、家族の中にTV放送を録画するような「推し」を持っている人間がいなかったから。ところが数年前に妻が突如として推し活に目覚めました。そうなると、推し活の人となった妻は、推しが登場するTV放送を「全て」録画したくなります。そこで我が家が選んだのは、CATVのチューナー(STB)にオプションでつける外付けハードディスクです。何せ、推しの人は地上波だけではなく、BS、WOWOW……といった様々な媒体に登場します。我が家は昔からCATVに入っていたので、それを推し活に活用しようというわけです。

このハードディスク録画スタイルに妻も慣れて、今後はこれでいくのかと思ったいたら、思わぬ落とし穴がありました。それは、録画用ハードディスクの母体であるCATVのSTBの交換です。日本のデジタル放送ってコピープロテクトが厳しくて、母体の機器(CATVのSTBや、TV本体、多分PCも)が変わると、ハードディスクに記録した録画が再生できなくなっちゃうみたいなんですよね。我が家の場合、STBの交換が必要になったのですが、交換してしまうとハードディスクに溜め込んだ推しの録画が再生できなくなると言われ、妻がパニックになりました。

解決策は、ハードディスク付きのレコーダーを別に買って、LAN経由でSTBのハードディスク内の録画データをコピーするという方法でした。このため、我が家では新たにソニーのブルーレイレコーダー(ハードディスク内蔵)を買いまして、こちらに録画データを移しました。現在は、CATVの放送もSTBからLAN経由でブルーレイレコーダーで録画しています。

この録画データを移す先はハードディスクレコーダーでいいようではあります。しかし、こういうハードディスク内の録画データ全喪失の可能性、というトラブルを経験してしまうと、本当に大事な録画はディスクに焼いて持っておかないと安心できないというのが、推し活の人である妻の弁。まあ、その感覚は理解できます。世の中、推し活は盛んに行われているわけです。その録画をディスクに焼いてお宝として持っておきたいという妻のような人は、そんなに少ないのかなぁというのが、冒頭に書いたブルーレイ・レコーダー終売のニュースから受けた違和感なんです。

名付けの機会

今週のお題「名前をつける」

名前をつける……身近な物に愛称をつけて呼ぶ人っていますよね。そういう人は名前をつける機会が多そうです。それとも「自然にそう呼ぶようになった」ということが多くて、名付けとか命名とかいった重々しい感覚はないのかな。

自分は身近な物に名前をつけるというか愛称で呼ぶことはないので、名前をつける機会はあまりありませんね。子供がいるので、もちろん子供には名前をつけました。あとはペットくらいかな。

子供の名前を決めた時は、我が家では、父親である自分が案を出して妻がOKして決まりました。一人目の子供のときは、呼びたい音が先に頭に浮かんで、それに当てはめる漢字をあれこれ考えました。二人目のときは、自分の父親の希望を取り入れて決めました。

ペットの犬に名前をつけたときは、子供たちも色々意見を出していたかな。結局、直前に家族みんなで映画を見たインディジョーンズからとって名付けました。あと、もう30年近くカメを飼っているのですが、このカメの名前は超適当。カメ、カメちゃん、カメ太、カメの介とか、もう毎日思いついた呼び名で呼んでいます。

他に名前をつけるものとなると、コンピュータくらいかな。MacやPCを含めたコンピュータには、ネットワーク上で他のマシンと被らない名前をつける必要がありますね。会社に入って管理を任されたUNIXワークステーション以来、自分がコンピュータに名付けるときは和菓子の名前と決めています。和菓子の名前というのは、羊羹とか大福とかいうものですはなく、元は他にも使われる言葉だったり名物だったものが一般名詞的になっているものです。淡雪とか九重とか。こういう名前は洒落ている上、中二病的意味で「痛い」ことになりにくいのでいいかなと思って使い始めた記憶があります。

これくらいしか名前をつけた記憶がないのですが、名前をつける機会が多い人って、どういう立場・状況なんでしょうか。最初に書いた、身近なものに名前をつけて呼ぶくらいしか思いあたらないのですが。

[ゲーム]鳴潮、一ヶ月プレイしての感想

先週、ゲームの鳴潮について書きましたが、環境面の話だったので、今週は感想も書いておこうと思います。

Macユーザーとして見た鳴潮のポイント

鳴潮については、とにもかくにも、貴重な「MacネイティブのオープンワールドRPG」であるということが最大のポイントだと思います。Macネイティブなオープンワールドゲームには他にサイバーパンク2077もありますが、13,000円という価格には二の足を踏みますし、負荷が高くてMacBook Air M4あたりでは快適なプレイができないという情報も見かけます。

鳴潮は、ソシャゲですので開始は無料。負荷については、MacBook Air M4では「バランス」設定で画面のクオリティやレスポンスに問題ありません。

Macでメジャーなオープンワールドゲームをプレイ可能としてくれたという点で大変ありがたく、開発提供元のKURO GAMESさんには感謝しています。

初めて一ヶ月の状況

鳴潮を始めたのは昨年12月の終わりです。それから毎日そこそこプレイしてきましたが、メインストーリーの進行もキャラクターのレベルも、ざっくり2/3くらいの到達度合いかなと思っています。しかも、キャラクターやロケーションに応じたサブシナリオにはほとんど手をつけていませんし、オープンワールドの探索もほとんど進んでいません。ゲームのボリューム的にはかなりのもので、まだまだ2、3ヶ月は世界を見て回る楽しみが続きそうだと思っています。

オープンワールド

鳴潮をプレイし始めた理由は、オープンワールドゲームをやりたかったからです。私は、ウィッチャー3とスカイリムという2つのゲームでオープンワールドゲームが好きになりました。これらのゲームと比べると、鳴潮のキャラクターやワールドのデザインはかなりアニメ寄りです。自分の好みからすると、もっとリアル志向のデザインだと嬉しいんですが、何せ無料ですから文句は言えません。

オープンワールドゲームとして見るとワールドの広さの点で見劣りがするという鳴潮に対する評も見かけました。広さについてはまだよくわかりませんが、地形変化のスケールが小さすぎ・細かすぎて、作り物感が強いというか空間の広がり感はあまり無いなとは思うときはあります。

一方で、その作り込まれたワールドを探索して回る面白さがあり、オープンワールドゲームをやりたいという当初の目的は十分満たされているなと思います。ゲーミングPCなどを立ち上げてゲームをするのはだんだん億劫になってきていまして、手元のノートPCで、思い立った時にフラッとオープンワールドを彷徨える点は、すごく気に入っています。

バトル

鳴潮のゲームの「売り」の一つには、キャラクターが繰り広げるバトルのスピード感や爽快さがあるようです。わからんでもないですが、ちょっと必殺技の演出が派手すぎるかも……しかも、新キャラが登場するたびに技の演出がどんどん派手になってきているようです。ソシャゲとしては、新キャラ獲得のガチャを引かせてナンボということでしょうから、より魅力的に・より華やかに、となるのはわかります。でも、技の操作法やエフェクトの情報量がどんどん増えているように感じられて、この先どこまで行くんだろう、着いていけるんだろうかと思ってしまいます。

ただ、鳴潮のガチャは無課金・微課金だと引ける回数は限られるので、新キャラ獲得はそうそうできることではないようです。私の場合はプレイ開始時の支援ガチャを一通り引いたところでガチャ石が完全に尽きまして、次にガチャを引けるのは一ヶ月以上先になりそうです。それくらいの頻度でのキャラ入手が前提なのだとすると、実際のプレイでは持っているキャラの技の使い方を突き詰めていくのが基本になるので、新キャラの演出の過剰さなど大した問題はないかもしれません。

ストーリー

鳴潮のストーリーはわかりにくい、という評もよく見かけます。

鳴潮の設定というか大きなストーリーは、「悲鳴」と名付けられた大災害後に変貌した世界の中で、記憶を失った主人公がワールドの各地に赴いて更なる危機と悲劇の発生を防いで回るというものです。ワールド各地には、ご当地キャラというか新たな危機のエピソードに関わる新キャラ(主として美少女キャラ)がいて、ガチャのターゲットとなるわけです。

この構造はシンプルなんですが、問題は、新たな危機の発生、新たなキャラクターの登場のたびに、ゲーム的な新概念が登場するあたりでしょうか。しかも、その新概念を理解するための基本情報が「謎」として隠されているので、段々と理解を投げ出したくなってくるようなところがあります。ゲームを長続きさせるためには「謎が謎を呼ぶ」という構造も必要なんでしょうけど、鳴潮の場合、ゲーム世界の設定についても演出過剰なところを感じます。

まとめると

あれこれ書いたことをまとめて鳴潮の特徴を一言で表して見ると、「過剰さ」ということになるように思います。ゲームの仕掛けもワールドの要素もキャラクターのバリエーションも、先行の人気ゲームの要素を片っ端から取り込んだようなところがあり、こんなにあれこれ用意しているんだとびっくりします。これは、選択肢の豊富さややり込み要素の豊富さという点では良いところですね。一方で、過剰さが鼻についたり理解が面倒になったりするという面もありそうな気がします。

これだけ過剰に要素を取り込んでいるにも関わらず、残念な点はハウジング要素がない点が個人的な「鳴潮」への不満。今後もどんどんアップデートがされると思うので、ぜひハウジング要素を足してもらいたいと思っています。

[ゲーム]Mac版鳴潮で巨大ファイルを外付けSSDに移すことに成功

Macでプレイできる貴重なゲームタイトルの一つに『鳴潮』があります。昨年末にオープンワールドゲームをやりたくなりまして、無料でスタートできる『鳴潮』を買ったばかりのMacBook Airにインストールしてプレイを始めました。

ゲーム自体は無事に動いていて、いろいろ複雑な操作や育成、ストーリーついていけないところがありつつも一応快適にプレイしています。ただ、この『鳴潮』、システム環境の面で気になるところがあります。

それは、インストールされるファイルのサイズが巨大なこと。Apple Storeでは、サイズ:48GBと表示されます。確かに、アプリケーション本体はこのサイズなのですが、バージョンアップ(というか新コンテンツの追加)のためのデータを合わせると、最新のVer3.0では全部で120GB以上のファイルがインストールされてしまいます。

しかも今後もバージョンアップのためにさらにサイズが大きくなりそうな様子で、このまま内蔵SSDに置いてプレイし続けると容量不足になりそうな雲行きなのです。そこで、『鳴潮』の巨大なファイルを内蔵SSDから外付けSSDに移そうとしてあれこれやってみました。

試行錯誤で結構苦労し本当に適切な方法か疑問もあるのですが、なんとか外付けSSDに巨大ファイルを移すことに成功したので、自分のやったことを書いておこうと思います。

使用した機材

  • 『鳴潮』をインストール、プレイしているのは、MacBook Air M4です。
  • ファイルの移動先としては、容量1TB,、USB 3.2 Gen 2対応の外部SSD(2025年末の価格で2万円しない普及品)を用意しました。

移動する『鳴潮』のファイル、ディレクト

『鳴潮』関連のファイルは、大きなものが以下のディレクトリにあることがわかりました。他にも細かい設定ファイルなどはあるのかもしれません。

  1. アプリケーション本体:
/Applicationsの下のWutheringWaves.app 
(48GB)
  1. バージョンアップデータ:
~/Library/Containers/com.kurogame.wutheringwaves.global/Data/Library/Client/Saved/Resources 内のファイル 
(74GB) 
  (「~」はユーザーのホームディレクトリを意味します)

アプリケーション本体の移動

最初にやったのは、アプリケーション本体の移動です。これは、上のWutheringWaves.appをファインダー上で外付けSSDにコピーすればいいだけですので簡単ですし、特に問題も起きませんでした。内蔵SSDにある元のファイルを消すのは、外付けSSD上のアプリからゲームを起動して問題ないことを確認してからにした方がいいとは思います。

バージョンアップデータの移動

苦労したのは、よりサイズの大きなバージョンアップデータの移動です。今後のバージョンアップでもこれが大きくなっていくのであろうことを考えると、ぜひ外付けSSDに移したい対象なのですが、簡単には行きませんでした。

第1案:シンボリックリンクで外部SSDディレクトリから読み込ませる -> 失敗

最初に、『鳴潮』のバージョンアップデータを外部SSDに移す方法をGoogle検索したところ、AIの推奨など見つかったやり方は、対象ディレクトリの内容を外付けSSDにコピーした後、元のディレクトリと同じ名前のシンボリックリンク(リンク先はもちろんコピー先のディレクトリ)を元に存在したディレクトリの下に作成するという方法です。

確かにこれが機能するなら、ゲーム・アプリから見たバージョンアップデータは、元々存にディレクトリそのままに存在するように見えるはずなので問題は生じないはずで、筋が通った話だと思いました。

そこでこの通りやってみたのですが、ゲームは起動するものの、途中で読み込みが止まり起動に失敗しました。原因は、macOSのアプリケーション・セキュリティの一貫であるサンドボックス制限により、アプリケーションは元のインストールディレクトリの外へのシンボリックリンク先にアクセスできないと言う制約があるせいだということがわかりました。この制約のおかげで、Windowsだと使えるシンボリックリンクによるファイル読み込み先の移動がMacではできないようです。

第2案 『鳴潮』プレイ用の新ユーザーをMac上で作り、そのアカウントのホームディレクトリを外付けSSD上に移す -> 一応、成功

バージョンアップデータは、ユーザーのホームディレクトリ内に保存されます。そこで、次に考えたのは、『鳴潮』プレイ専用の新ユーザーをMac上で作り、そのホームディレクトリを外付けSSD上に移す、と言う方法です。

Macでは、ユーザーのホームディレクトリは、「システム設定」 -> 「ユーザとグループ」のユーザー名を右クリック(Ctrl + クリック)で詳細オプションを開くことで変更できます。さすがに、普段使っているユーザーでやる度胸はないので、『鳴潮』用のユーザーを新規に作成し、ホームディレクトリを外付けSSDに作成したディレクトリに変更しました。

この方法で何度か鳴潮の起動、バージョンアップデータの再ダウンロードなどを行なったのですが、鳴潮へのログインに問題が起きまして、鳴潮サポートにも問い合わせしました。その結果わかった(ゲームが起動できるようになった)のは、次の手順を踏む必要があるということです。

 1. まず、外部SSD上およびMac上の鳴潮のアプリ本体を削除
2. 新ユーザーを作成
3. 新ユーザーとしてログイン
4. 外付けSSDにホームディレクトリ用のフォルダを作成
5. 新ユーザーのホームディレクトリを外付けSSDのフォルダに変更
6. Macを再起動
7. 新ユーザーでログインし、ホームディレクトリが外付けSSDになっていることを確認
8. 新ユーザー用のApple IDをセットアップ
9. 新ユーザー用Apple IDで『鳴潮』をインストール
10. 新ユーザのまま『鳴潮』を起動し、バージョンアップデータをダウンロード
11. ダウンロード終了後、『鳴潮』を起動し元の『鳴潮』アカウントのメールアドレスで接続

これで、『鳴潮』の巨大ファイルを全部外付けSSDに移動することができました。

外付けSSD環境でプレイは、さすがに場面転換のデータのロードには時間がかかるようになったように思います。ただし、ロードされた後のゲームプレイではパフォーマンスへの影響はあまりないように見えます。いろいろリスクがありますので、けしておすすめできませんが、一応、ご報告まで。

西荻窪のピザ屋さん 地元で人気のPizzeria GINA

この週末、息子夫婦が顔を見せに来るというので、西荻窪のピザ屋さんGINAで一緒にランチを食べました。美味しく楽しいひとときでしたが、痛恨の失敗も。

息子夫婦はクリスマスは我が家に来ましたが正月は義娘さんの実家に行っていたので、顔を合わすのは年明け初です。最初は普通に家に来るという話だったのですが、目先を変えようということになり、私の希望も取り入れてもらってピザということになりました。年末年始、ご馳走を食べさせてもらっていたんですけど、そのせいか、カジュアルな洋食が食べたくなっちゃったんですよね。

西荻窪在住の我が家では、ピザを食べに行こうとなったら、西荻窪駅北口側商店街のGINAに行きます。お店で聞いたら、こちらの開店は13年前。息子は高校生くらいから来ているなと言っていました。GINAさんが開店した頃は西荻窪にはピザ専門店は無く(多分)、その頃から大人気で予約しないと席が取れません。お店に入ると、子供連れの家族同士のテーブルや、お爺さんからお孫さんまで家族3代そろったテーブル、おじさん同士・おばさん同士のテーブルなどで満席。地元での定着ぶり、人気の高さに感心しました。

お店には当方夫婦が先に着きましたので、メニューのトップにあったBROOKLYN LAGERを飲んで息子たちを待ちました。結構苦味がありますが、そこがまた食欲を誘います。でも、イタリアンなピザと相性では、ちょっと甘みが感じられるイタリアのビール(GINAさんが置いているのはメッシーナ)の方が良かったかも。

息子夫婦が到着した後は、まず前菜。「前菜5品の盛り合わせ」と「小海老とイカのフリット タイム風味」を頼むのが我が家の定番。今回はそれに本日のおすすめメニューにあった「イタリア風オムレツ」を追加しました。

本命のピザは、本日のおすすめの「帆立のシチリアーナ」と「ビスマルク」。

帆立のシチリアーナはホタテとアンチョビを使ったトマトソースのピザで、アンチョビの塩味とトマトの酸味、ニンニクの風味をベースに艶々したホタテの色合い、味わいが華やかで楽しめました。

ビスマルクは、GINAで頼む我が家の定番ピザの一つ。生ハムのピザに半熟卵が載っていて、切り分けるときにとろとろの黄身がピザに広がると言うものです。こちらはハムと卵でこってりした味わいです。

我が家では、他に、しらすの塩味が楽しい「チチニエッリ」やニンニクとアンチョビの香りが絶妙な「ナポレターナ」を頼むことが多いです。今回、ピザ2枚では足りなかった(特に遠慮してしまった義娘さんが)ようなので、チチニエッリも頼めば良かったようです。

ピザの後はコーヒーとデザートを頼んだのですが、ここで痛恨の失敗に気づきました。今回、GINAさんでの食事を今週のブログ記事のネタにするつもりで、お店の正面や席の写真を撮っていました。それなのに、飲み始め食べ始めた途端ビールに酔っぱらい、おしゃべりと食べるのに夢中になって、肝心のピザの写真を撮るのを忘れてしまいました。美味しいピザだっただけに残念です。インスタグラムにレストランの料理の写真をあげている人たちはきちんと出てきたお皿の写真を撮っていて、そんなことは簡単だと思いがちですが、付け焼き刃だとダメダメですね。

冬のお風呂

今週のお題「冬の楽しみ」

自分にとって冬のお楽しみというと、お風呂ですね。別に特段凝ったことをするわけでもない、自宅の、普通のお風呂。

私は風呂は、体と髪を洗ってから風呂桶に浸かります。冬は洗い場も冷えていますから、洗っている間は寒い。そこを我慢して体を洗いつつ、お湯を体にかけてお風呂に浸かる態勢を整えていきます。

体と髪を洗った後、おもむろに湯船に体を浸します。湯船に体を入れる動作はあまり意識していませんが、若い頃よりはゆっくりになっているのでしょう。いずれにせよ、お湯に体が入っていく数秒は足を滑らさないように注意を集中していて、それ以外に頭が働いていません。今後、体の機敏さをどんどん失っていくことを考えると、この動作の数秒はさらに慎重になった方がいいのかもしれません。

湯船の底に座って体を落ち着け肩まで完全にお湯に浸かると、そこからが至福の時間です。お湯の温度に体が馴染むまでの時間は、二、三十秒くらいなのでしょうか。よく、お風呂に浸かるシーンで「あー」とか言った声が無意識に出てしまう瞬間ですね。その間はリラックスしてお湯を受け入れる以外のことを考える余裕もないし、何か考える必要もない時間。この何も考えない時間は多幸感というか、大袈裟に言えばエクスタシーのようなものをただ感じていればいい最高の時間です。夏の入浴では気温とお湯の温度に大きな差が無いせいか、この幸福感は冬の入浴の方が強いような気がします。

お湯の温度に体が馴染んできた後は、じんわり体の芯が温まっていくのを感じる時間になります。この状態になると、あれこれその日の出来事が頭に浮かんだりします。ただ、ふとした拍子に段々と体の奥の方に熱が伝わっていくのを感じるような瞬間があって、それにまたなんとも言えない心地よさを感じます。

自宅の湯船ですと大きさも限られますから、ぼーっとしているうちに、肩やなんやがお湯の外に出ている時があります。その部分は温度が下がったぬるさを感じますが、そこをまたお湯につけると、再び体が温まる幸福感を感じることができます。この、ただ体が温まる感じを感じればそれでいい、それ以外に何も考える必要がないというのがお風呂の幸せでは無いでしょうか。

そうしたことを何度か繰り返しているうちに、体全体がすっかり温まって少し暑いかなという感じになってきます。温泉などに行った時には、そこで腰を据えてからさらに体の芯の芯まで温まるまで浸かることになります。しかしこの状態になると、私の場合どうも「我慢」という感覚が強くなってきてしまいます。この我慢の感覚もじっくりお湯に向き合うということでは悪くは無いのですが、自宅での入浴の場合はそこまで時間をかけて浸かっていることは少ないです。

概ね体の全体が温まり外に出ても寒さを感じないくらいになれば、日常の入浴としてはそこでおしまい。後は寝るだけというわけですが、そうなるとすでに頭の中には翌日のことが浮かび始めてしまい、至福の時間も終了というわけです。

1月3日、新宿末廣亭・正月初席へ

昨年息子が結婚して家を出たので、今年からは夫婦二人の静かなお正月です。それでも元旦は、私の両親と娘一家の四世代夕食会で楽しく過ごしましたが、二日以降は本当に静かな家の中となりました。

1月3日は、妻と一緒に新宿末廣亭の正月初席に行ってきました。お目当ては第二部の主任(トリ)の神田松鯉師匠です。松鯉師匠は人間国宝の名人ですが、私が初めて寄席に行った新春の席で「出世の春駒」を聞かせていただき、大変春らしい目出度い気分を味あわせてくださった方です。

さて、今回は席を前売り指定で買っていたので、まずのんびりと新宿の花園神社に初詣に行きまして、そこからすぐの末廣亭に行きました。寄席は基本は前売り無し・座席指定なしの先着順。人気の演者が出るときくらいしか前売りがありません。でも、当日券を買うのに並ぶのは真冬や真夏はつらいんですよね。演芸のチケット販売には難しさもあると思いますが、屋外に並ばないで買えるといいんだけどな、というのは余談。

さて、正月初席というのは、演者の顔見せと言うこともあってか普段より出演者が多く、一席の時間も短い(10分→6分)とのこと。このせいもあってか、季節ネタ・時事ネタを絡めた近況報告のようなネタの出演者が多かったです。

  • 番組出だしの漫才、 おせつときょうた。干支を題材にした正月らしいのんびりした笑いでスタート。
  • その次に登場の講談・ 神田陽子は、オペラ講談「椿姫」で一気にテンションアップ。講談ってこういう文学名作ネタも有りなのかとちょっとびっくり。
  • 中入り前の三席は、NHKの『東西笑いの殿堂』の生中継が入ると言うことで、一人目の玉川太福の前に諸注意が入りました。笑い声と拍手を大きくお願いしたいということで客席も練習させられて、なんだか鬱陶しいことになったぞと思ったものの、それまでまったり雰囲気だった客席のテンションが上がってかえってよかったかもしれません。
  • 生中継の一席目、浪曲玉川太福は、現代の二人の男が弁当を食べるだけと言うネタ。弁当を食べるだけなのに、朗々とした語りがドラマチックでもありユーモラスでもあってたいへん楽しく、「今回はここまでにて〜」という「置き」のタイミングも秀逸で、今回の寄席で一番楽しめました。
  • 生中継二席目はマジックの 山上兄弟。以前にも末廣亭で拝見したことがありますが、その際は、兄弟の片方が欠席で、コンビなのに一人だけで演じるというちょっと苦しい状況でした。今回はコンビ揃っての出演で安心して(?)楽しめました。
  • 中トリ、生中継三席目は三遊亭小遊三師匠。古典落語東海道・鈴ヶ森の駕籠かき(雲助)が客を掴もうと酔っ払いに声をかけたら同じ話を三度聞かされることになったという話で、「蜘蛛駕籠」という演目を今回の高座の持ち時間に合わせて前半だけにカットしたもののようでした。ただ、その同じ話3回の繰り返しの芸がおかしくて、最後は大笑いしました。
  • 中入り後。三笑亭夢丸)は番頭さんと小僧さんが互いに隠れて煮豆をつまみ食いする「味噌豆」の後半を取り出したと思しき話。今回の寄席では、何人かの落語家の方が小学生や幼稚園児の落語教室で子供に食べ物を食べる仕草を見せた話をされていましたが、夢丸さんの豆を食べている姿も美味しそうでお腹が減ってきました。
  • 藤本芝裕は三味線と歌。「村まつり」の歌のドンドンヒャララのドンドンとヒャララをそれぞれが歌うように客席を二つに分ける客席参加の演目がインタラクティブで楽しかったです。
  • 立川談幸の落語。ハイテンポの喋りが心地よくてずっとニヤニヤ聞いていて、終わったところで良かったぁ〜と思ったのはありありと思い出せるのに、話の中身が全く記憶に残っていません。こういうこともあるんだなぁ。
  • トリの前、膝がわりはマグナム小林のヴァイオリン漫談。タップダンスを踊りながらのヴァイオリンに客席が大受けでした。
  • そして、トリの神田松鯉師匠。話はワルの魅力・河内山宗俊が活躍(?)する「天保六花撰~玉子の強請」。河内山の役目である江戸城勤めの御数寄屋坊主は大名旗本にお茶の振る舞いをする立場というのですから、今で言えばVIP御用達の会員制高級クラブの支配人のようなイメージでしょうか。礼儀作法に精通し、しかもVIPの裏事情まで抑えるという硬軟・清濁を併せ持った通人という、日本のドラマでは古典的なダークヒーロー像ですね。この河内山宗俊が、りゅうとした身なりでパワハラ商人の店に現れ、玉子を使った(ちょっとせこい)トリックで懲らしめる、という話。この話は松鯉師匠の弟子である神田伯山が演じる一席も聞いたことがあり、聞くのは2回目ですあんまり正月っぽい話ではないなと思いましたけど、。松鯉師匠の河内山が声を荒げることが一切ない、まさにザ・インテリヤクザという雰囲気で格好良かったので満足しました。