新緑を楽しみに玉川上水緑道を散歩

昨日から読書感想ブログに載せる感想文に取り組んでいて、今日もその続きでパソコンに向き合う日にしようと思っていました。ところが、朝、妻から、こんな天気の良くて暑くも寒くもない日に外に出ないのは勿体無い、と言われてしまいました。

それもそうだなぁ、ということになりまして、最初、神保町で開催されている「春の古本フェスティバル」に行ってみようかという話をしたのですが、先月三省堂書店本店に行ったばかりだし、ずいぶん混雑しそうだということでボツに。結局、手近なところで新緑を味わおうということで、玉川上水緑道にウォーキングというか散歩というかに出かけることにしました。

岩崎橋〜牟礼橋区間の東八道路中央分離帯に整備された玉川上水緑道のサイン
玉川上水緑道は、上流は福生市から下流の杉並区まで約24Kmにわたり玉川上水脇を歩ける道です。単なる(小さな)川沿いの小道だと思っていましたが、都立公園として整備されているんですね。(都立公園・玉川上水緑道のWebページ)我が家で玉川上水緑道を歩くというと、久我山の岩崎通信機のそばの岩崎橋から牟礼橋を通り、井の頭公園の中を通って万助橋に至るだいたい5Kmくらいの区間になります。岩崎橋から牟礼橋までは玉川上水と緑道は東八道路という幹線道路の中央分離帯を通るように整備されていまして、昔ながらの民家と林の間を通る静かな区間は牟礼橋から万助橋までの区間になります。

散歩ではありますが、ちょっと距離もあるしということで、綿のTシャツをスポーツ用の薄手のものに着替え、下もジョガーパンツに履き替え出発。この軽装で寒くも暑くもなく、初夏は爽やかでいいな!などと思いましたがまだ4月なんですよね。昔だったら5月のゴールデンウィーク明けのような爽やかな気候ですが、まだ4月。これは今年も夏は暑くなりそうです。

牟礼橋から井の頭公園まで民家の間を抜けていく緑道
この岩崎橋〜牟礼橋〜万助橋の玉川上水緑道沿いの道で私が気に入っている箇所は、2つあります。一つは、法政大学附属中学高校の敷地の玉川上水側にある「玉川上水緑道牟礼地区公園」。それと、井の頭公園に入った井の頭公園競技場の脇のあたりです。今回は、どちらも新緑が美しく、気持ち良く歩くことができました。

以前(といっても五年ほど前のコロナ禍の頃)は毎週ウォーキングに燃えていまして、今回の玉川上水緑道のコースで井の頭公園まで歩いた後、神田川沿いに久我山まで歩いて戻る計12Kmくらいのコースを毎週のように歩いていました。今回はそんな気は起きず、帰りは井の頭公園駅から久我山駅まで井の頭線の電車に乗ってショートカットしてしまいました。それでも家に着いたら結構な疲労感があり、五年くらいでずいぶん衰えたものだとガックリきました。単純に最近、運動不足だということかもしれませんが。

大学SF研のOB・OG会の前に映画『プロジェクト・ヘイル・メアリー』を見に行った話

先週、大学時代のSF研究会の面々の飲み会があり、行ってきました。今回の集まりは大学を出た後ほとんど会っていなかった参加者が多く、三十年ぶり四十年ぶりという方々ばかりのメンツ。顔も名前も記憶が薄れてきていて、会場に着くまでは少々臆するところがありました。

ところが面白いことに、皆さん年齢相応の姿形(特に男性は髪の毛が)になっているんですが、話しっぷりというか声と口調は変わらないんですよね。テーブルの反対側から声が聞こえてくると、ああ、アイツが話しているんだというのが即わかる。居酒屋個室のあちこちでみんな勝手な話をしている、その雑然とした雰囲気が統制のゆるいSF研そのもの。ゆるゆるなオタク話が進むにつれ、大学時代の雰囲気が蘇ってきて、大変懐かしい気分になりました。

さて、その日は夕方からの飲み会だを控え、せっかくSF研の集まりに出かけるんだからということで、飲み会の前の時間に話題のSF映画『プロジェクト・ヘイル・メアリー』を観ることにしました。


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この作品、2021年の暮れに原作の邦訳が出版されています。当時(翻訳SFとしては)結構な話題作となり私も即読んで、ずいぶん楽しませてもらいました。原作の魅力は、窮地に陥ってもユーモアと科学精神を忘れない主人公のキャラクター、そして、そのキャラクターの試行錯誤を丁寧に、しかも読者を飽きさせないように描いた描写のうまさだと思っています。この原作の雰囲気が映画でも味わえるのか、単行本で上下二冊という原作のボリュームが映画にうまく映画に収まっているのか、というのが鑑賞前の心配でした。

実際に観た感想としては、映画は映画で優れたSF作品になっているけれども、原作とは魅力がまた違うな、というところです。まず、主演のライアン・ゴスリングの演技が良かった。この話は、主人公の一人芝居の分量が大きいのですが不自然さがなく、また、「突然、無茶苦茶な冒険に放り出された普通の人」である主人公の雰囲気が、二枚目過ぎないゴスリングのキャラによく合っていたように思います

一方、尺の長さについては、原作の魅力であるデテールの描写を省く、もしくは映像に語らせるというやり方でうまく収めたなというところです。正直、SFとしての設定についてはほとんど説明されておらず、これ、原作未読の人はストーリーが飲み込め無いんじゃ無いかと思いました。でも、映画が終わった後、「いや、最高だったな」と話している人たちがいて、設定周りの薄さは大した問題ではなかったようです。

さて、SF研の飲み会では、『プロジェクト・ヘイル・メアリー』観てきたよという話もしました。あ、自分も観た観たとか、映画観ていないけど小説面白いよねという人たちもいたんですが、未読・未鑑賞の人の方が多数。そうなると、ネタバレ厳禁の作品なんで、途端に飲み会の話題にしづらくなるんですよね。昔から、飲み会に集まった全員が読んでいるSF小説ってあまりなくて、そういうところウチのSF研だよなぁと思った次第です。

おやつをめぐる罪悪感

今週のお題「おやつ」

おやつって楽しいもの、喜ばしいもののはずですが、微妙に罪悪感を感じられるものでもあります。

子供の頃は、おやつというのは単純に「嬉しいもの」ですよね。空きっ腹に食べ物が入って満たされる感覚も嬉しければ、甘いものを味わえるのも嬉しい。その嬉しさを高めたくて、妹とおやつを等分にするのにこだわったりした思い出もあります。

でも子供の頃からして、おやつは微妙に罪悪感を感じさせるものではありました。やれ、食べすぎるとご飯が入らなくなるとか、甘いものばかり食べると虫歯になるとか、おやつばかりだと栄養が偏るとか……そんなこと言わなくてもいいだろうと思うのですが、自分が親になったら、なんだかんだ言って同じようなことを言ってしまいました。

そのせいなんでしょうか、大人になっても、おやつを食べると妙に罪悪感を感じてしまいます。特に、中年過ぎて健康に気を使わなければならない年齢になると、その罪悪感が強くなりました。

年一回人間ドックを受ける時、事前に問診票なるものに記入しなければなりません。その問診票には、「間食を食べますか」という項目があり「ときどき」といった回答をして提出します。それで、健診を受け、ドクターの問診になると、ドクターは「コレステロールが高いですねぇ。食生活に気をつけてください」などとのたまうわけです。

中年前期(?)はそれでも、注意しましょうねレベル。中年も押し詰まって高齢者が見えてくるとご指導も厳しくなります。「年齢を考えると間食はやめましょう」的なお話を受け、その時はそうだよなぁ、となります。でもですよ、人間、たまに甘いものを味わう楽しみがなくなったらなんのために生きているのかということになるではありませんか。

問題は、たまに、の「たま」がどれくらいとの頻度を指すのかということでしょうか。自分の弁当は妻が作ってくれるのですが、彼女は結構な頻度(正直に言えば、毎日)、小袋に入ったお菓子を弁当に添えてくれます。当然、家には、その小袋が詰まった大袋(?)があります。そうなると、弁当に添えられたお菓子をおやつとして食べ、家にいるときも同じお菓子をつまみ、ということになっているのが実態です。要するに、「たま」ではなく「ちょくちょく」おやつを食べているわけです。

毎年、人間ドックの問診票に記入するたびに罪悪感を感じながら「ときどき間食する」と書き、その罪悪感を抱えたまま日々おやつをつまんでしまうというのが自分とおやつの関係です。

3月29日、西荻窪地元の桜・善福寺公園の桜

今週も日曜日が良い天気で結構なことです。地元のあちこちの桜もきれいだろう、ということで、昼ごはんを食べた後に花見の散歩に出かけました。

こちらの2枚は、家の近所のお宅の庭で咲いている桜です。地元ではよく知られた「名木」で、毎年この季節には目を楽しませていただいています。今日も立ち止まって眺めたり写真を撮っている方々がちらほらいらっしゃいました。荻窪・西荻窪あたりは昔はこういうお庭の桜の大きな樹があちこちあって春は賑やかだったのですが、古くなって切られたり、建て替えで切られたりでだいぶ数が減りました。

次は、地元の小学校の校庭の桜。自分もウン十年前に通った学校ですが、当時はこの樹は植えられたばかりの若木だった気がするなぁ。

次の2枚は、西荻窪の南北それぞれの商店街途中の小公園の桜。1枚目が南口側神明通り、2枚目が北口側女子大通りです。南北それぞれ商店側に桜が咲いているのが面白いです。

続いて、散歩の目的地、善福寺公園の桜です。

記憶だと、池の畔に桜が何本も咲いて豪勢だったような気がしていたのですが、今回行ってみたらそれほどでもありませんでした。木々の間に桜が混じっているという感じ。自分の記憶が当てにならないということか、ここでも古い樹が切られたということか、よくわかりません。でも、水面に映る桜の花はやはり美しく、気軽な散歩としては十分楽しめました。

3月21日、三省堂神田神保町本店〜神田ふれあい橋

3月21日は春分の日の三連休中日の土曜日。天気が良く暖かくなってきたので家にこもっていてはもったいないということになり、妻と神保町周辺に散歩に出かけることにしました。

お目当ては、最近新装開店した三省堂本店。それと、妻の推し関係の聖地探訪です。

三省堂神田神保町本店

三省堂の新本店、エントランスは人が大勢でうまく写真が撮れませんでした。天気が良い春先の連休ですから人が詰めかけるのも仕方がありません。自分たちもその一員ですし。

エントランスから入ると平台が並ぶ通路があり、その両側に本棚が並んでいるのですが、奥の本棚ほど背が高くなっていて、通路を挟んだ谷間のような特徴的な売り場作りになっていました。実際、この一階の売り場には「知の渓谷」という愛称がつけられているようです。(三省堂本店のフロアガイド)売り場の写真は撮れないので、撮影OKのフロアガイドの写真を撮りました。

このフロアガイドの一階部分を拡大して見ると、「知の渓谷」のイメージが伝わるでしょうか。1Fフロアは天井も高く、歩道に面した大きな窓からの光で明るく、広い空の下に広がる開放的な本の渓谷という雰囲気でした。

最近、新しい図書館は凝った設計のところが多いですが、書店のフロアプランは保守的なところが多かったように思います。この「知の渓谷」はモダンなデザインの図書館のようで格好よく、隅から隅まで探検したくなりました。

しかし、かなりの混雑のため、まずはざっと見回して、私の趣味のSFや翻訳小説を探します。すると、今読んでいるクリストファー・プリーストの『不死の島へ』の表紙がこちらを向いているのが目に入りました。下りエスカレーターの降り口手前の2、3個の書架が海外SF、日本SFのコーナーのようでした。

本当はこの2倍3倍の書棚がSF用としてあれば嬉しいのですが、今時、海外SFだけで書架一本を確保してもらえるだけで珍しく、贅沢は言えません。実際、国書刊行会や創元海外SF叢書といった「その筋の本」の背表紙が並ぶ書棚には気分がアガリました。

1Fは単行本中心で文庫本は2Fとのことです。単行本を1冊選んだあと、文庫コーナーを見るために2Fに移動しました。2Fは1Fと打って変わって、窓のない密室的な雰囲気です。フロアの中心部には背の高い専門分野別の書棚が並び、壁際が会社別の文庫本コーナーになっていました。専門分野の書棚も観たかったのですが、こちらも大混雑のため、創元SF文庫から一冊ピックアップして撤収することにしました。結局、SFを単行本1冊・文庫本1冊購入しました。(購入本について書いた読書感想ブログの記事

喫茶店「ミロンガ ヌオーバ」で昼食

三省堂を出たところで時間はお昼前。早いところ昼食のお店を決めないと混んでしまう、ということで焦ってすずらん通りに向かいました。妻は推しにまつわる喫茶店「Cafeラドリオ」に行きたかったようなのですが、すでにかなりの行列ができています。ラドリオ近くの喫茶店「ミロンガ ヌオーバ」さんに席があったので、こちらで昼食を摂らせていただくことにしました。(SPURの紹介記事「【もっと神保町】シリーズその⑤ 老舗喫茶店〈Part1〉『ミロンガ ヌオーバ』&『珈琲館 専大前本店』

こちらのミロンガも、古くからの名店が数年前に新装開店したお店とのことです。新しい店といっても、内装は古いお店のものを活かした味のある雰囲気です。アルゼンチンタンゴが流れる中、ドライカレーとブレンドコーヒーをいただきました。ドライカレーはこれぞ喫茶店メシという感じで懐かしい感じがしました。

神田ふれあい橋へ

ミロンガでゆっくり食後のコーヒーを味わったあと、靖国通りを歩いて秋葉原駅近くの神田ふれあい橋に向かいました。

靖国通りのスポーツ店街を抜けたあたりの老舗蕎麦屋・神田まつやさん、大勢の人が並んでいてびっくり。春のお蕎麦も美味しそうですもんね。まつやさん向かいの桜も綺麗に咲いていました。

万世橋を渡って秋葉原側に入り、JRの線路をくぐって神田ふれあい橋に到着。

この神田ふれあい橋は、秋葉原南の神田川にかかる歩行者専用の小さな橋です。JRの線路橋のすぐ脇に隠れるようにかかっている橋で、今回訪れるまで、私はこんな橋があるとは知りませんでした。

なんでこの橋に来たかというと、妻が推している宮本浩次氏の「 風と私の物語」のPV(この曲は、宮本浩次がADOに提供した曲で、このPVは宮本氏が同曲をセルフカバーしたもの……とのこと)に登場するからです。


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このPVの3'45"辺りから、宮本氏が神田ふれあい橋の上で歌うカットがいくつか入っています。妻は、推しと同じ場所に立てて満足したようでした。このPVには、雑司ヶ谷の富士見坂・日無坂も印象的に登場していまして、次の機会はこちらに行くことになりそうです。

人は未完の遺作を放っておけるのか

小松左京の未完長編、AIで完結目指す 最大の壁は「終わり方」』と言う記事を読みました。SF作家・故小松左京氏の息子さんが、氏の著作を生成AIに読み込ませ、未完となった遺作『虚無回廊』(Wikiprdiaの記事)の完結を目指しているという記事です。

『虚無回廊』と言う作品は、地球から数光年先の宇宙空間に発見された全長2光年という超スケールの構造物の正体を探るべく、主人公の科学者の分身として生み出された「人工実存」が送り出され、様々な異星の知性体と出会い共に探検を行う物語です。残念ながら、探検が本格的に進み出したところで中断し、小松左京氏が亡くなったため未完となっています。

未完の遺作、と言うのは、なんとも独特な印象を受ける言葉です。未完の遺作を遺す作家は、老成した巨匠だけではなく将来を期待される若手・中堅の場合もありますが、いずれにせよ、創作という挑戦を続ける人間が道半ばにして倒れたという悲劇性もあり、書かれなかった展開や結末がどうなるのだろうかという謎もありで、作家の他の作品と異なる独特の位置付けで記憶されることが多いような気がします。

未完の遺作については、元の作家に代わって完結させる試みが行われることがあります。日本のSFで有名なケースは、伊藤計劃氏が冒頭のみを遺した作品を友人の円城塔氏が長編として完成させた『屍者の帝国』(Wikipediaの記事)でしょうか。この作品の場合は、二人の作家の親交の深さが背景にあって好意的に受け止められたと思います。一方、元の作家や作品の有名さを商業的に利用していると捉えられた場合、批判されることもあるように思います。

記事になった『虚無回廊』の場合は、作品のテーマの一つに人工知性、つまりAIがあることもありますし、試みているのがご子息ということもありますので、AIを使って完結を目指すというのも「あり」かなとという気がします。

しかし、全くの第三者が同様な試みを行った場合はどうでしょうか? 今の創作と生成AIの関係から見ると、かなり批判が出るのではないでしょうか。一方で、有名な「未完の遺作」の展開・結末を見てみたい、そのためにAIを使ったらどこまでのものができるのか、といった点に対する好奇心もそれなりに大きそうに思います。それを考えると、AIを使って未完の遺作を完結させるという試み、今後、増えてくるのではないでしょうか。

有名な未完の遺作にはカフカや太宰治の作品があるようです。こうした作品を生成AIを活用して完結させたという作品(?)が登場した場合、どう評価されるのでしょうか。

準備していること三つ

今週のお題「準備していること」

今ちょうど、準備していること、というか、状況が確定しないでヤキモキしていることが三つあります。

来年度の仕事の準備

このシーズンは、新年度からの仕事の準備というか仕込み時期に当たります。

毎年毎年、暮れの11月後半から12月に新年度の計画のアウトラインを作って上司に説明し、方針と予算感にズレがないか確認。年明けから詳細を詰めて、2月末までに事業計画案として数値化します。それがOKとなれば、3月上旬にパートナーさん側への発注を処理して4月1日からの新年度業務開始に備えます。

この営み、対象の組織規模は立場の変化で変わるわけですが、プロセスとしては毎年同じです。なんだか同じ季節行事を会社に入ってから永遠に繰り返してきたような気がします。今は、自分自身の仕事の範囲内のみだし定型的なところも多くて楽と言えば楽なんですが、発注が4月1日に間に合うかどうかヤキモキするのは変わりません。

海外旅行の準備

だいぶ以前から、ボストン(昔、住んでいたところ)とヨーロッパに妻を連れて行きたいと思っていました。

昨年の夏、ボストンに行ったので、今度はヨーロッパだということで、昨年暮れくらいから準備を始めています。行き先はロンドンとパリで、時期は6月上旬。ロンドンは、妻が英国のドラマ(ダウントン・アビーとかザ・ロイヤルとか)と文学(カズオ・イシグロとか)が好きで、また、私も英国SFが好きなので選びました。妻の推しの某ロックバンドリーダー氏がロンドンに行って配信をやったというのも影響してますね。パリは、欧州に行くとなったらやっぱパリに行かないとな、ロンドンとは街たたずまいの華やかさが違うし、という私の思い込みで行くことにしています。

これまでに、飛行機チケットを買いホテルも予約済み。旅行中の動きも、妻がChatGPTに熱心に相談してかなり詰めてきています。ですので、後は行くだけなんですが、ここに来てあれこれ不透明になってきました。

一つは言わずと知れた、米国のイラン攻撃。ヨーロッパ諸国は今のところ積極的に関与していないので関係無いと言えば関係無いですが、世情というのがね……為替の円安傾向が強まりそうなところも辛いところです。

もう一つの不安定要因は、先日、実父が入院しガンの手術をすることになったこと。病院の説明ではそれほど難しい手術ではないとは言うものの、何せ90歳越えの老人なので何がおこるかわかりませんし、回復についても不安です。とても母一人に任せるわけには行かないとなったら、旅行はキャンセルせざるをえないでしょう。

病人の帰宅の準備

ここのところ、その父の入院終了・帰宅の準備もしています。といっても、手術はこれからで、手術後のダメージや回復度合いも見えていないので、とりあえず、ケアマネさんに相談したのと介護用ベッドを手配したぐらいです。今回の入院までの父は、(母に全てお任せではあるものの)生活上の一通りのあれこれは自分でできていました。それが入院・手術でどうなるか。介護認定も出後の様子で決まると言うことではっきりしていません。今は、この父の状態に一番ヤキモキしています。