Tシャツの季節

今週のお題「スースーするもの」

四月の終わりくらいから、Tシャツ一枚、もしくはそれに軽いシャツを羽織るくらいでちょうどいい天気が続いています。この週末は、この週末は用事で信濃追分まで車を走らせたのですが、高原の新緑が目に鮮やかで爽快な気分になりました。

初夏。昨今の気候では一番快適で爽やかな、Tシャツが合う季節です。

もちろん、夏本番になってどんどん暑くなれば、Tシャツなしではいられなず日々Tシャツにお世話になることになります。でも、真夏のTシャツって肌がベタベタして今ひとつ快適ではない。なんだか、Tシャツしか着られない湿度・気温で、強制的に着せられているというか、変な言葉ですが、生活感ベッタリのTシャツスタイルという感じ。

それに比べると、五月のこの季節は湿度も上がっておらず、Tシャツの下の肌に感じる空気もサラッとしていて気分がいい。これは「スースーする感じ」と言ってもいいのでは?と、今週のお題の記事にした次第です。

例によって、快適なお天気・気候のシーズンはどんどん短くなってきていて嫌な感じですが、良い天気が巡ってきたらそれを精一杯楽しみたいと思います。

5月3日 新宿末廣亭・五月上席、大喜利・住吉踊り

昼前まで新宿で用を済ませてちょうど時間がいいので、新宿末廣亭の昼の部へ。フラッと寄席へ行き、のんびり笑って午後を過ごす余裕が持てるというのが長い休みのいいところ。普通の週末だとなんだかんだとやることがあったりして、寄席へ行くのも前もって予定を立てないといけない。それじゃ、のんびり・余裕という感じじゃないんですよね。

二つ目、三遊亭花金。枕で「上から見ているとメモを書いているお客さんがいらっしゃいますが……」という話が出て、代演者やら演題やらをメモっている私はドキッ。丸バツや点数は勘弁してくださいという話でしたが、やはり高座から見ると気になるのでしょうか。でも、キーワードをメモしておかないと、後でどういう話だったか全く思い出せないので勘弁いただきたいところ。演目の「狸札」は、子だぬきが化けたお札を表す手拭いの扱いが楽しかったです。

漫才コンピの宮田陽・昇。自分が末廣亭に来ると、漫才はこのコンピという印象があります。ほんわかした感じが自分に合っているのかネタがなんでも楽しいんですよね。

幇間芸・松廼家八好(まつのや はちこう)。幇間芸というのは初めて拝見。幇間、太鼓持ちは現在、日本に6人だけとか。扇子や手拭いを使った芸一つ一つは小ネタな感じだけれども、それが話芸と組み合わされると時間が経つのを忘れる。芸者さん、幇間さんを呼んだお座敷遊びというはさぞ楽しかろう、お金もかかるだろう、とお大尽遊びの香りを嗅がせてもらった気分でした。

落語・三遊亭万橘「鰻屋」。落語家の仕草を見せて欲しいと言われてという枕の話の中で、蕎麦を食べてみせる仕草が雑にやっているようでいて洒落た雰囲気。ホォホォさすが、と感心してしまいました。その直後、「そしたら、湯気が見えるようですと言われちゃって」とオチがついて会場大爆笑。ネタの話で、ウナギを掴もうとして掴めず、ぬるぬる逃げられそうになって体が泳いでしまう仕草も楽しく、仕草を味合わせていただいた落語でした。

音曲・桂小すみ。この方の登場があると得をした気分。

隅田川さえ 棹さしゃ届く なぜに届かぬ わが思い

と、

信州信濃の 新そばよりも あたしゃあなたの そばがいい

という2つの都々逸をネタにしたトークと、目玉は、三味線で弾くJazzのスタンダード、"Take Five"にのせた都々逸。 今回は真正面の前の方の席に座れたので、お声の素晴らしさをしっかり楽しめました。

主任は雷門助六)「浮世床」。江戸っ子が暇つぶしに集まる床屋での馬鹿話が軽妙で楽しい。助六師匠はこの後の大喜利・住吉踊りでも大活躍でした。

その住吉踊り。助六師匠は49年目、と話されていましたが、末廣亭では、数年前から5月上席で演じられているようですね。出演者総出で入れ替わり立ち替わり、賑やかな踊りで、寄席ファンへのお楽しみ、ということでしょうか。こちらのAERAの記事「出演者たちの気もそぞろ。住吉踊りとは何か? 新宿末広亭の「全興行」に通い続ける演芸評論家の記録」に昨年の様子が書かれていました。この記事でも書かれている、演者が順番にハリセンで頭を叩く演目、音が大きいおほどお客さんに福が来るというのですが、思ったよりすごく大きい音でびっくり。たっぷり福をいただいた気分です。

11億円資金流出事案で「はてな」はどうなっちゃうの?

最近投稿された『「ブログを読んでもらう」のは、もう、「無理ゲー」なのかもしれない。』といった記事や、この記事に触発されたとおぼしき投稿を読んでブログを書く意味なんかについてツラツラ考えていたところ、大ニュースが到来!

www.nikkei.com

要するに、振り込め詐欺の被害に遭って株式会社はてなの資金約11億円が流出したという報告です。

株式会社はてなは東証上場会社。上場会社というのは、こういった突発的な事故や犯罪被害で業績が悪化して投資家が損害を被らないよう、内部統制の充実が定められているはずです。そのあたりどうなってるんですかねぇ……

何はともあれ気になるのは、はてなブログやはてなブックマークなどのコンシューマ・サービスの継続に影響はないかということです。何せ11億円がパァとなると、会社の規模によっては、あっという間に傾いてしまうでしょう。

はてなという会社が(お金面で)どれくらいの大きさの会社かということはIR情報のページに「業績ハイライト」がありまして、大体の規模が掴めます。昨年度の売上が約38億円、経常利益が3.4億円。となると、年間売上の30%弱、年間利益の3倍以上を失ったわけで、これは会社規模に対して巨大な被害と言わざるを得ないでしょう。

はてなのB/S、貸借対照表を見るために昨年度の有価証券報告書も見てみました。この長い長い報告書の56ページ目の貸借対照表を見ますと、はてなという会社は、経常利益が3億円程度に対し、現金・預金が約21億円、それに対応する利益剰余金が約24億円もあるんですね。

これなら、すぐに会社が傾くということもないかもとちょっと安心。ついでにGemini君の意見も聞いてみました。彼も、すぐに会社が潰れたり、はてなブログやはてなブックマークのようなサービスが停止するということはなさそう、という意見でした。しかし、2024年以来、新株予約権の発行などで着々と積み上げてきた今後の成長投資のための資金(20億円超の現預金)のかなりが一度に失われることになるとすると、経営戦略的には大ダメージだろうというコメント。

私は、はてなの会社カラーも気に入ってはてなブログを選んだこともあり、この会社の成長を祈ってきました。それが、こんなトラブルで頓挫してしまうようであれば、大変悲しいことです。

今まで無償の範囲ではてなのサービスを利用させてもらってきおており、ずいぶんと楽しませもらってきた、お世話になってきたと思っています。今回のピンチを切り抜けさらに成長するために必要ということであれば、有償サービスに課金して応援することもやぶさかではありません。本当にそれだけのピンチなのか、成長の道筋はあるのか、株式会社はてなの経営陣から利用ユーザーへのメッセージで教えて欲しいと思います。

新緑を楽しみに玉川上水緑道を散歩

昨日から読書感想ブログに載せる感想文に取り組んでいて、今日もその続きでパソコンに向き合う日にしようと思っていました。ところが、朝、妻から、こんな天気の良くて暑くも寒くもない日に外に出ないのは勿体無い、と言われてしまいました。

それもそうだなぁ、ということになりまして、最初、神保町で開催されている「春の古本フェスティバル」に行ってみようかという話をしたのですが、先月三省堂書店本店に行ったばかりだし、ずいぶん混雑しそうだということでボツに。結局、手近なところで新緑を味わおうということで、玉川上水緑道にウォーキングというか散歩というかに出かけることにしました。

岩崎橋〜牟礼橋区間の東八道路中央分離帯に整備された玉川上水緑道のサイン
玉川上水緑道は、上流は福生市から下流の杉並区まで約24Kmにわたり玉川上水脇を歩ける道です。単なる(小さな)川沿いの小道だと思っていましたが、都立公園として整備されているんですね。(都立公園・玉川上水緑道のWebページ)我が家で玉川上水緑道を歩くというと、久我山の岩崎通信機のそばの岩崎橋から牟礼橋を通り、井の頭公園の中を通って万助橋に至るだいたい5Kmくらいの区間になります。岩崎橋から牟礼橋までは玉川上水と緑道は東八道路という幹線道路の中央分離帯を通るように整備されていまして、昔ながらの民家と林の間を通る静かな区間は牟礼橋から万助橋までの区間になります。

散歩ではありますが、ちょっと距離もあるしということで、綿のTシャツをスポーツ用の薄手のものに着替え、下もジョガーパンツに履き替え出発。この軽装で寒くも暑くもなく、初夏は爽やかでいいな!などと思いましたがまだ4月なんですよね。昔だったら5月のゴールデンウィーク明けのような爽やかな気候ですが、まだ4月。これは今年も夏は暑くなりそうです。

牟礼橋から井の頭公園まで民家の間を抜けていく緑道
この岩崎橋〜牟礼橋〜万助橋の玉川上水緑道沿いの道で私が気に入っている箇所は、2つあります。一つは、法政大学附属中学高校の敷地の玉川上水側にある「玉川上水緑道牟礼地区公園」。それと、井の頭公園に入った井の頭公園競技場の脇のあたりです。今回は、どちらも新緑が美しく、気持ち良く歩くことができました。

以前(といっても五年ほど前のコロナ禍の頃)は毎週ウォーキングに燃えていまして、今回の玉川上水緑道のコースで井の頭公園まで歩いた後、神田川沿いに久我山まで歩いて戻る計12Kmくらいのコースを毎週のように歩いていました。今回はそんな気は起きず、帰りは井の頭公園駅から久我山駅まで井の頭線の電車に乗ってショートカットしてしまいました。それでも家に着いたら結構な疲労感があり、五年くらいでずいぶん衰えたものだとガックリきました。単純に最近、運動不足だということかもしれませんが。

大学SF研のOB・OG会の前に映画『プロジェクト・ヘイル・メアリー』を見に行った話

先週、大学時代のSF研究会の面々の飲み会があり、行ってきました。今回の集まりは大学を出た後ほとんど会っていなかった参加者が多く、三十年ぶり四十年ぶりという方々ばかりのメンツ。顔も名前も記憶が薄れてきていて、会場に着くまでは少々臆するところがありました。

ところが面白いことに、皆さん年齢相応の姿形(特に男性は髪の毛が)になっているんですが、話しっぷりというか声と口調は変わらないんですよね。テーブルの反対側から声が聞こえてくると、ああ、アイツが話しているんだというのが即わかる。居酒屋個室のあちこちでみんな勝手な話をしている、その雑然とした雰囲気が統制のゆるいSF研そのもの。ゆるゆるなオタク話が進むにつれ、大学時代の雰囲気が蘇ってきて、大変懐かしい気分になりました。

さて、その日は夕方からの飲み会だを控え、せっかくSF研の集まりに出かけるんだからということで、飲み会の前の時間に話題のSF映画『プロジェクト・ヘイル・メアリー』を観ることにしました。


www.youtube.com

この作品、2021年の暮れに原作の邦訳が出版されています。当時(翻訳SFとしては)結構な話題作となり私も即読んで、ずいぶん楽しませてもらいました。原作の魅力は、窮地に陥ってもユーモアと科学精神を忘れない主人公のキャラクター、そして、そのキャラクターの試行錯誤を丁寧に、しかも読者を飽きさせないように描いた描写のうまさだと思っています。この原作の雰囲気が映画でも味わえるのか、単行本で上下二冊という原作のボリュームが映画にうまく映画に収まっているのか、というのが鑑賞前の心配でした。

実際に観た感想としては、映画は映画で優れたSF作品になっているけれども、原作とは魅力がまた違うな、というところです。まず、主演のライアン・ゴスリングの演技が良かった。この話は、主人公の一人芝居の分量が大きいのですが不自然さがなく、また、「突然、無茶苦茶な冒険に放り出された普通の人」である主人公の雰囲気が、二枚目過ぎないゴスリングのキャラによく合っていたように思います

一方、尺の長さについては、原作の魅力であるデテールの描写を省く、もしくは映像に語らせるというやり方でうまく収めたなというところです。正直、SFとしての設定についてはほとんど説明されておらず、これ、原作未読の人はストーリーが飲み込め無いんじゃ無いかと思いました。でも、映画が終わった後、「いや、最高だったな」と話している人たちがいて、設定周りの薄さは大した問題ではなかったようです。

さて、SF研の飲み会では、『プロジェクト・ヘイル・メアリー』観てきたよという話もしました。あ、自分も観た観たとか、映画観ていないけど小説面白いよねという人たちもいたんですが、未読・未鑑賞の人の方が多数。そうなると、ネタバレ厳禁の作品なんで、途端に飲み会の話題にしづらくなるんですよね。昔から、飲み会に集まった全員が読んでいるSF小説ってあまりなくて、そういうところウチのSF研だよなぁと思った次第です。

おやつをめぐる罪悪感

今週のお題「おやつ」

おやつって楽しいもの、喜ばしいもののはずですが、微妙に罪悪感を感じられるものでもあります。

子供の頃は、おやつというのは単純に「嬉しいもの」ですよね。空きっ腹に食べ物が入って満たされる感覚も嬉しければ、甘いものを味わえるのも嬉しい。その嬉しさを高めたくて、妹とおやつを等分にするのにこだわったりした思い出もあります。

でも子供の頃からして、おやつは微妙に罪悪感を感じさせるものではありました。やれ、食べすぎるとご飯が入らなくなるとか、甘いものばかり食べると虫歯になるとか、おやつばかりだと栄養が偏るとか……そんなこと言わなくてもいいだろうと思うのですが、自分が親になったら、なんだかんだ言って同じようなことを言ってしまいました。

そのせいなんでしょうか、大人になっても、おやつを食べると妙に罪悪感を感じてしまいます。特に、中年過ぎて健康に気を使わなければならない年齢になると、その罪悪感が強くなりました。

年一回人間ドックを受ける時、事前に問診票なるものに記入しなければなりません。その問診票には、「間食を食べますか」という項目があり「ときどき」といった回答をして提出します。それで、健診を受け、ドクターの問診になると、ドクターは「コレステロールが高いですねぇ。食生活に気をつけてください」などとのたまうわけです。

中年前期(?)はそれでも、注意しましょうねレベル。中年も押し詰まって高齢者が見えてくるとご指導も厳しくなります。「年齢を考えると間食はやめましょう」的なお話を受け、その時はそうだよなぁ、となります。でもですよ、人間、たまに甘いものを味わう楽しみがなくなったらなんのために生きているのかということになるではありませんか。

問題は、たまに、の「たま」がどれくらいとの頻度を指すのかということでしょうか。自分の弁当は妻が作ってくれるのですが、彼女は結構な頻度(正直に言えば、毎日)、小袋に入ったお菓子を弁当に添えてくれます。当然、家には、その小袋が詰まった大袋(?)があります。そうなると、弁当に添えられたお菓子をおやつとして食べ、家にいるときも同じお菓子をつまみ、ということになっているのが実態です。要するに、「たま」ではなく「ちょくちょく」おやつを食べているわけです。

毎年、人間ドックの問診票に記入するたびに罪悪感を感じながら「ときどき間食する」と書き、その罪悪感を抱えたまま日々おやつをつまんでしまうというのが自分とおやつの関係です。

3月29日、西荻窪地元の桜・善福寺公園の桜

今週も日曜日が良い天気で結構なことです。地元のあちこちの桜もきれいだろう、ということで、昼ごはんを食べた後に花見の散歩に出かけました。

こちらの2枚は、家の近所のお宅の庭で咲いている桜です。地元ではよく知られた「名木」で、毎年この季節には目を楽しませていただいています。今日も立ち止まって眺めたり写真を撮っている方々がちらほらいらっしゃいました。荻窪・西荻窪あたりは昔はこういうお庭の桜の大きな樹があちこちあって春は賑やかだったのですが、古くなって切られたり、建て替えで切られたりでだいぶ数が減りました。

次は、地元の小学校の校庭の桜。自分もウン十年前に通った学校ですが、当時はこの樹は植えられたばかりの若木だった気がするなぁ。

次の2枚は、西荻窪の南北それぞれの商店街途中の小公園の桜。1枚目が南口側神明通り、2枚目が北口側女子大通りです。南北それぞれ商店側に桜が咲いているのが面白いです。

続いて、散歩の目的地、善福寺公園の桜です。

記憶だと、池の畔に桜が何本も咲いて豪勢だったような気がしていたのですが、今回行ってみたらそれほどでもありませんでした。木々の間に桜が混じっているという感じ。自分の記憶が当てにならないということか、ここでも古い樹が切られたということか、よくわかりません。でも、水面に映る桜の花はやはり美しく、気軽な散歩としては十分楽しめました。