『小松左京の未完長編、AIで完結目指す 最大の壁は「終わり方」』と言う記事を読みました。SF作家・故小松左京氏の息子さんが、氏の著作を生成AIに読み込ませ、未完となった遺作『虚無回廊』(Wikiprdiaの記事)の完結を目指しているという記事です。
『虚無回廊』と言う作品は、地球から数光年先の宇宙空間に発見された全長2光年という超スケールの構造物の正体を探るべく、主人公の科学者の分身として生み出された「人工実存」が送り出され、様々な異星の知性体と出会い共に探検を行う物語です。残念ながら、探検が本格的に進み出したところで中断し、小松左京氏が亡くなったため未完となっています。
未完の遺作、と言うのは、なんとも独特な印象を受ける言葉です。未完の遺作を遺す作家は、老成した巨匠だけではなく将来を期待される若手・中堅の場合もありますが、いずれにせよ、創作という挑戦を続ける人間が道半ばにして倒れたという悲劇性もあり、書かれなかった展開や結末がどうなるのだろうかという謎もありで、作家の他の作品と異なる独特の位置付けで記憶されることが多いような気がします。
未完の遺作については、元の作家に代わって完結させる試みが行われることがあります。日本のSFで有名なケースは、伊藤計劃氏が冒頭のみを遺した作品を友人の円城塔氏が長編として完成させた『屍者の帝国』(Wikipediaの記事)でしょうか。この作品の場合は、二人の作家の親交の深さが背景にあって好意的に受け止められたと思います。一方、元の作家や作品の有名さを商業的に利用していると捉えられた場合、批判されることもあるように思います。
記事になった『虚無回廊』の場合は、作品のテーマの一つに人工知性、つまりAIがあることもありますし、試みているのがご子息ということもありますので、AIを使って完結を目指すというのも「あり」かなとという気がします。
しかし、全くの第三者が同様な試みを行った場合はどうでしょうか? 今の創作と生成AIの関係から見ると、かなり批判が出るのではないでしょうか。一方で、有名な「未完の遺作」の展開・結末を見てみたい、そのためにAIを使ったらどこまでのものができるのか、といった点に対する好奇心もそれなりに大きそうに思います。それを考えると、AIを使って未完の遺作を完結させるという試み、今後、増えてくるのではないでしょうか。
有名な未完の遺作にはカフカや太宰治の作品があるようです。こうした作品を生成AIを活用して完結させたという作品(?)が登場した場合、どう評価されるのでしょうか。