7年ぶりに「艦これ」を再開

この夏の8月からゲームの「艦隊これくしょん−艦これ−」を再開しました。

艦これは2014年の3月にプレイ開始。その後、2018年の秋ぐらいにプレイするのをやめました。やめた理由は、2018年8月の第2期開始です。日々のルーティンの組み直しが面倒で、いつしかプレイをやめてしまいました。

それを再開することにしたのは、仕事もプライベートも楽になって時間がとれるようになったというのが一番の理由。でも、このゲームが好きというか、ゲーム自体に魅力があるのも確かです。

自分のゲーム趣味は偏っていて、基本、RPGしかやりません。プレイしていく中で登場するキャラクターが成長し、それがレベルアップや装備の強化で可視化されるところにとてつもなく魅力を感じてしまうんですよね。現実ではなかなか可視化されない成長というものが目に見えるというのは、麻薬的な効果があるんだと思います。

この効果を求める消費者向けにさまざまなゲームが提供されているのは、皆さんご存知の通り。私も艦これから離れている間にもあれこれ手を出し、積みゲーとなったパッケージや、途中で止まってしまったソシャゲがいくつかあります。しかし、時間ができたのにそれらには手を出さず結局艦これに戻ってしまいました。

今回この記事を書くために改めて考えてみると、どうも、艦これのキャラクター性はあるのにストーリー性が無い、というところが自分には心地よいようです。

普通RPGゲームでは、プレイのモチベーションやキャラクターの性能の説明のためにストーリーが存在します。キャラクターの特性を説明するためには、それを理由付けるストーリーが必要というわけですね。ところが、艦これにはストーリーらしいストーリーはありません。艦隊を編成して敵とバトルするだけというのは、どちらかというと囲碁や将棋にのようなストーリー性無しのテーブルゲームに近いところがあるようにも思います。

しかし、一方で、艦これにはキャラクター性は存在します。戦艦、空母、駆逐艦といった艦種や、太平洋戦争での戦歴がキャラクター性のベースになって、それぞれのキャラクター(艦娘)に個性が与えられているわけです。艦これは現実の戦史をベースにすることで、ストーリー性無しにキャラクター性を与える仕掛けになっています。

このストーリー性無しだがキャラクター性はあるというところが、自分には大変、「楽」なんだと思います。ストーリーがあると、キャラクターへの思い入れが増すほど、キャラクターに結びついたストーリー上の「達成」にプレッシャーを感じてしまいます。艦これの場合は、イベント報酬さえあきらめてしまえば、後はマイペースにゲームを進めるだけで、キャラクターの成長を味わうことになんの問題もありません。つまり、RPGとしての成長の報酬をスローライフ的に楽しむことができるというわけです。このスローライフ的なところが、自分にとっての艦これの魅力みたいです。