7月26日、新宿末廣亭7月下席(主任・三遊亭遊雀「お茶汲み」)

7月26日の土曜、妻と久しぶりに新宿の末廣亭に行き、寄席を楽しんできました。前回行ったのは、ちょうど一年前の7月27日の土曜。特に意識したわけではないんですが、行動パターンが固定化してきているのかとびっくりしました。もっと足を運びたいところです。

「お茶汲み」

一年前も今回も主任(トリ)は三遊亭遊雀師匠。昨年の噺は「藪入り」で、親子愛をテーマにした、明るくにぎやかなところとしんみりしたところのコントラストを楽しませていただきました。

今年は「お茶汲み」。吉原遊びについての男二人の雑談から、ちょいと良い目をみた話を聞いた男が自分も同じようにやってみようとして……という、「時そば」と似た作りの噺でした。

時そばと違うのは、まず、前半の「良い目をみた話」を聞く体験談の部分の会話の厚みです。ここのところの遊雀師匠の芸にしびれました。まず、遊女遊びをネタにした男二人の雑談というシチュエーションでの、男というもののダメさ加減がいい感じで出ていて、話の中身である遊女の身の上話のしんみりした雰囲気とのバランスが絶妙。そして、その遊女の語りを真似る男の語りを話す遊雀師匠の語り(ややこしい)が上手で、ある時は女がしゃべり、ある時は男がしゃべりという行き来の中で完全に噺に引き込まれてしまいました。映像であれば、遊女役の女優、それについて話す男優、聞き役の男優のカットの行き来の編集の巧みさで画面に没入してしまう、という感じでしょうか。

そして、その没入感の中で突然投下される前半部分のオチ。まさに佳境というところでの盛大なひっくり返しに会場は大爆笑。私も頭が空っぽになって大笑いしてしまいました。

後半は、よしそれじゃあ自分もと出かけていく男の失敗談部分となります。「時そば」同様、聞いた話の通りに行かずに往生するドタバタといつ男のネタが割れるのかというハラハラを楽しませていただきました。そして、ラストは、演題を回収する一言でスカッと終わるキレの良さ。一気に現実に戻ってきて残るのはスッキリ感と満足感、という夏の暑さも吹き飛ぶ一席でした。

寄席の楽しさ

自分が寄席に行くのは今回が4回目です。自分にとっての寄席の楽しさというのは、席に座って約4時間、後から後からライブの演芸を詰め込まれる中で、大笑いで頭が空っぽになる時間の貴重さです。昔はコメディー映画でも同様な感覚を楽しんでいたと思うんですが、最近はコメディー映画って少なくなったので、これはもう寄席に行くしか無いかと思っています。

今回の末廣亭では、遊雀師匠のトリの他、特に中入り前の次の演目三連発が自分のツボにはまって笑いの時間を味あわせていただきました。

  • 玉川奈々福&沢村まみ「シン忠臣蔵」(浪曲
    朗々と唄いあげられる松の廊下事件の「腐」臭漂う真相。唖然となりながら目が(耳が)話せず、どんどん頭が空っぽになっていく感覚。いや、もっと長く聴きたかったです。この席では、「名調子!」という掛け声が二回かかり、妻との感想戦では、あれも良かったよねとなりました。掛け声の声の勢いやタイミングが難しそうでなかなか自分では出来そうもありませんが。

  • 宮田陽・昇(漫才)
    お二人の漫才を聞くのは二回目です。陽さんの定番日本地図ネタと昇さんのツッコミのバランスが私の感覚に合い、前回より楽しく話に引き込んでいただきました。このお二人、陽さんのすっと伸びた背筋と昇さんの戸惑いの顔のコントラストがいいなぁと思います。

  • 三遊亭笑遊湯屋番」(落語)
    道楽者の若旦那が湯屋に雇われ、番台の上で妄想を繰り広げて一人芝居のドタバタを始める話。この若旦那のドタバタのアクションがどんどん大きくなっていくのが楽しく、自分の中で落語の世界がどんどん大きくなっていきました。

他に、笑福亭希光「時うどん」。上方落語の高座を聴くのは初めてです。うつむき加減な蕎麦を食べる仕草と顔が上がるうどんを食べる仕草の違いを面白く感じました。神田松麻呂「真剣白刃取り」(講談)。武家言葉のやり取りがキリッとしていて、町人言葉の落語と違う講談の魅力を感じました。

今回、まる一年ぶりの寄席になりましたが、次回はもう少し間を開けずに行きたいものです。過去二回楽しませていただいた桂小すみ師匠の音曲をきけなかったのが残念なので、次回は、桂小すみ師匠の出演を狙って行こうかなと思っています。